「遅い」
自分を見下ろし、鋭くひと言、その人は発した。斬りつけるみたいに。ひどく不機嫌な声音で。
なぜそんなふうに責められねばならないのか、訳が解らず呆気に取られるばかりだった。
見据えられる厳しい視線に居心地の悪い思いをしながら黙っていると、やがてまたその人が口を開いた。今度の声には少し戸惑いが混じっていた。
「……しばらく見ないうちにずいぶん可愛らしくなった。そうか。とうとう人の世に生まれ出でたか……」
何かをかみ締めるようなしみじみとした口調。同時にずっと感じていた威圧の気配がふっと消える。
おずおずと顔をあげれば、その人は微かに微笑んでいるようだった。
ようだった、というのは、どんなに目を凝らしてもその人の貌がはっきりとは見えなかったから。
ずいぶん長く見つめていたはずなのに、どうしてもその顔立ちは定かでない。
それでも、美しい人だと思った。
艶やかな黒髪、唯一視えた口元。
その口角が華開くように優しいカーブを描いたのだけは憶えている。
「ならば、オレも…」
独白めいて最後にその人はそう言った。黒髪を揺らし彼方を振り仰いで。
瞬間、ザザザッと風鳴りがして、視界が白く染まった。風に散る花びらの乱舞だった。
そこでぷつりと記憶の糸は途切れている。

                                               「 微 睡 -5- 」より


可愛らしい直江v
高耶さん、ほんとのとこは直江さんをグリグリしたかったに違いない♪