『霜月』


そんなに急がなくてもいいのに。そう思った。
直江とふたり雨に閉じ込められるのも悪くない。
ふたりきりでいるのが息苦しくない。気まずくもない。
こんなふわふわした時間ならいつまでも続いてほしい―――
直江の横顔を見ながら、いつのまにかそんなことまで考えていた。
と、まるで心を読んだように、突然その端整な顔が大写しになる。
鳶色の瞳がきれいだ…そんなことを思っているまに、ふわりとくちづけが落とされた。乾いた温かな感触だけが唇に残る。
高耶が不思議そうに直江を見上げた。
「…なんで?」
「あなたがまたどこかに行ってしまいそうだったから。さっきみたいに」
だから、繋ぎとめたのだと、穏やかな笑みで言う。
そんなの理由になってない。だが、文句はとうとう言葉にならなかった。