こうれんさんからSS頂きました。下方からどうぞv

波紋 文:松王さくら



秋の初めに、医師が差し入れたはしりの和梨。
それが、凪いだ時間にさざなみをたてた。

およそ彼は『食べる』ことに興味を示さない。 箸なりスプーンなりを持たせて初めて、その手にしたカトラリーがスイッチであるように食事を摂るのが常だったから、 梨を剥いている最中に彼の方から近づいてきたときは、正直かなり驚いた。

「梨、好きでしたか?」
思わず口にした問いに応えが返るわけもなく。 彼はその闇色の瞳を虚ろに見開くだけだったけれど。
男にとっては霹靂にも等しい変化の兆しだった。

器に盛り付けるのも惜しんで、細く割った一切れを彼に差し出す。
かしゅっ。
最初の一口を、彼は男の手から直接食べた。
優美な仕草で近づいた彼の皓歯が瑞々しい果肉に食い込み噛みちぎっていく、瞬きほどの間。
支える指に伝わる微かな衝撃。淡く色づいた唇。閃く舌先。
人を拒んでいた野生の獣から初めて存在を受け入れてもらえたかのような、抑えきれない歓喜と興奮。
息をするのも忘れて、彼に見惚れた。

頬が動き、顎が動き。
ゆったりとしたリズムで彼は口腔の梨を咀嚼している。
と。
こくんと喉仏が上下して、嚥下したのが解った。

ごくり。
男も釣られて唾を飲む。
白く滑らかな首筋のライン。垣間見える鎖骨の陰影。
彼は―――年端もいかない子どもだと思っていた彼は―――、こんなにも艶めかしかったろうか。
ぐらりと大地が傾くような、眩暈にも似た思いがした。
虐待を受け壊れてしまった可哀想な子ども。それが周知の事実。
でも彼は―――彼の身体はすでに男を知っているのだと、改めて浮び上がった別な断面。同時に湧き上がるもやもやとした小暗い感情。
これはいったい何なのだろう?

相変らずの静謐をたたえて、彼は自分を見つめている。
はっと我に返って梨を摘んだままの手を彼に向けた。
緩くあけた唇にそっと残りを押し込んでやる。
彼はまた機械的な咀嚼と嚥下を繰り返す。
男もまた彼の食べるスピードにあわせて梨を割り、皮を剥く。彼を守り、慈しみ、甲斐甲斐しく世話を焼く庇護者の姿勢を崩さずに。

何事もない穏やかな日常のひとこま。
けれどあの瞬間、確かに心があわだったのを、男以外は誰も知らない。




〜こうれんさまコメント〜
梨を食べる高耶さん。うつせみバージョン。
最初はこの高耶さんも考えてたけど、あまりに小暗いんでボツに(苦笑)
結局復活したのは、妄想ピッタリにイラスト起こしてくださったこすげさんのおかげです
どうもありがとうね。

〜こすげコメント〜
実は、この絵、こうれんさんから「ボツになったけどこんなネタあった」と聞いたネタ。
綺麗な獣の高耶さんに萌えまくって描いちゃたのでした。
もちろん書いてもらう気満々で!\(^_^)\
梨を食べるだけで、こんなにも艶っぽい高耶さん、書いてくれてありがとねv
思わず私も生唾飲んじゃった……。
この「男」の理性の強さに頭が下がります〜。(^_^;;;)


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