雪が降っていた。 後から後から落ちてくる、ひらひらの白いモノ。見慣れた風景が見る間に趣を変えていく不思議。 本当に冷たいのだろうか?どんな味がするんだろ?お砂糖みたいにふわふわしてるもの、きっと甘いに違いない。 窓ガラスに顔寄せるようにして貼りついて、ずっと空と庭とを眺めていた。 「あらあら、そんなにしてたらおでこが冷えちゃいますよ」 通りかかった一人の女官に、笑いながら嗜められるまで。 「ねえ、外に出ちゃダメかな?」 振り返った子どもが上目遣いで口にする。 厳格なばあやだったらきっと承知しなかったろう。でもこの女官は新参のまだ若い人だった。 珍しい雪に浮き立ち外に出たいとうずうずしてる気持ちを察したし、 なによりこの愛くるしいお願いを無下にして子どもを失望させるのが忍びなかった。 元々、素直で聞き分けのよい子なのだし、きちんと言い聞かせれば大丈夫と、秘密めかして声をひそめた。 「ちょっとだけですよ。身に付けた帽子やマフラーははずさないこと。それから決してお庭から外へは行かないこと。お約束できますか?」 「うん!」 子どもも小声で約束して、そうしてふたりはこっそりと身支度にかかった。 はじめて触れるふわふわの白い雪。 顔にかかればすこしだけひんやりとしてすぐになくなる。 舐めてみたけどわたあめみたいに甘くはなかったのが残念だった。 それを戸口で見守る女官に告げると、 「こんなにお砂糖だらけだったら虫歯になっちゃうじゃありませんか」 笑いながら返された。 ふんわり積もった一面の雪をもう一度見渡して、それもそうだ、と、子どもは少し納得する。 それに手にすくってみた雪は握りしめると丸く固まった。 さらさらの砂糖よりもずっと楽しい。 たちまち子どもは雪玉を大きくするのに夢中になった。 最初は両手で、ペタペタ雪をくっつけて。それからそっと雪の上に置き、ころころと転がす。 面白いように大きくなる雪玉に、子どもも得意満面だった。 そんな雪遊びの様子を、にこにこ眺めていた女官は、ふと、自分を呼ぶ同僚の声に気づいた。 やりかけだった仕事を思い出して、慌てて奥に戻る。 その前にもう一度、子どもに注意を促して。 解かった平気だよと、子どもは爛漫の笑顔を向けて手袋をはめた手を振る。それが最期。 目を離したのはほんの四半刻。 けれど、再び彼女が裏庭にでた時、子どもの姿は何処にもなかった。 幾つかの雪玉と、縦横無尽に転がした跡と、木立の際に赤い手袋を残して。 鳳雛は、大切に育まれていた彼のための結界から忽然と消えたのだった。 |