『 残月楼夜話 ―爛漫 1― 』より

「ねえ高耶さん?」
「………んー?」
今の彼は本当に眠りの淵に落ちかかっているようで、応える声もおぼつかない。それでも黙って引くことなど出来なくて、さらに続けた。
「……この綺麗な髪をばっさり切って男の子に戻る前に、一度だけ、私に付き合って下さいませんか?」
「………どういう、意味?」
幸い耳には届いたらしい。ふわふわした声音で不思議そうに訊き返すから、ここぞとばかり畳み掛けた。
「ご隠居さまたちのお茶会みたいに。ドレスをまとって髪を結い上げたあなたの姿を見てみたいんです」
「!」

…そしてこうなる。↓


『 残月楼夜話 ―爛漫 2― 』より

洋行を間近に控えた橘の御曹司が久しぶりに公の場に姿をみせたのは、評判の歌劇を上演中の格式高い劇場内だった。
元々、紳士淑女の中にあってもその端正な容貌と長身はひときわ目を引く存在だったが、 滅多に女性を同伴しない彼がその夜はひどく誇らしげな態度で恭しく一人の令嬢を伴ってきたから、たちまちロビーに居合わせた人々の注目を浴びた。
15か6だろうか、美しい少女だった。
すらりとした細身の身体に白のドレスをまとい、結い上げた髪にも白い花の髪飾りを挿している。 初々しく可憐な風情でありながらまるで生まれながらの貴種のよう、その身ごなしは優美で美しく着飾った年嵩の婦人たちを前に少しも臆したところがない。
自分をエスコートする男に自然に身体を預け、薄く化粧した顔に微笑を湛えている。
声にならないどよめきの中、少女に連れ添う御曹司もまた彼女しか眼に入らぬように眦を下げ、うっとりとした表情で見つめている。
誰一人割り込む隙もないままに、ふたりは人々でいっぱいのロビーを抜け、用意されていたボックス席へと消えていった。





もう、すっかり二人の世界v