「ほう、今年の『あなた』は一段とかぐわしい……さあ、こちらにいらっしゃい。もっとよく顔を見せて?」 その白帷子を身に纏った青年は、直江の手招きに応じておずおずと近づいた。 穏やかに手を差し伸べ、引き寄せる。 崩れた腰を抱き、顎を持ち上げ仰のけても、されるがまま。浮かぶ表情は頑是無い子どものそれ。 それも道理か。 心の裡で直江は薄く笑う。 理の外、無垢な赤子の身体だけを大人にしたようなもの。その心には何物も刷り込まれてはいないのだ。 一夜の伽にはそれで充分。心は通わせられなくとも、身体は熟れた果実のようにこの手に落ちる。 「楽しませてくださいね。『高耶』さん……」 耳元に囁き、唇を撫で上げる。 ふるりと彼が震えた。 ふわりと、仄かな青い芳香が彼の肌から立ち上って、 直江は胸いっぱいにその香を吸い込む。 「オトコをそそるイケナイ香りだ……」 焦ってはいけない。じっくりとろ火で炙るように。 性感を高めてやれば自ずと爛熟の度合いは進む。堪能するのはそれからだ。 口づけ、愛撫を与えながら、直江は冷徹な観察者の目で身悶え始めた彼を見下ろしていた。 「んんっ!……。…んっ……あぁ…」 声がこぼれる。 花を依り代に創られた身体は、刺激にとても敏感だ。 やわやわと解してやれば、たちまち蜜が溢れ出す。 「淫らで、はしたなくて、極上の逸品だ……」 上気した肌に滲む薄汗。 開いた唇に閃く舌先。涙に潤む瞳。 清浄の証のはずの白衣は、とっくに乱れてその用をなさず、背徳めいた匂いを醸す。 汗に貼りついた絹地を力任せに引き下げれば、露わになる背。そして、一気に立ち込める圧倒的な彼の薫香。 彼の秘処から、そして全身から発せられる、正気を揺さぶる官能の香り。 ―――眩暈がする。 目の前が赤い幻影に染まる。 繰り返し視た過去の情景。 陵辱の果てに事切れる彼―――その姿がみるみるかぎろい、後に残るのは無残に揉みしだかれた花の残骸。 またしても。 がくりと男は肩を落とす。 器は完璧に仕上がった。だが、彼の魂は未だこの手に掴めない。 いったい何が足りない? 力か?技か?想いか?これほど尽くしてもまだ足りないというのか? 内なる咆哮が制御を失い、男を呑みこみ喰らい尽くす。また同じ轍を踏む。 そうして罪のない依り代を、彼と同じ顔を持つ贄を、もう幾度となく屠ってきたのだ。 また今度も、いや、今度こそは――― 背反する想いに裂かれながらも、またひとつ、業を重ねようとした時 声を拾った。 「……え…」 彼の唇が言葉を紡ぐ。 「……なお…え?」 ひどくたどたどしい、でも紛れもなく自分の名を。 「高耶さんっ?!」 思わず叫び返すのに、彼が微笑った。 安心しきった子どもの笑み。ようやく戻れた迷子のような。 無我夢中で抱きしめる。 「高耶さん高耶さん高耶さんっ!」 狂ったように繰り返す。 言霊で彼をその身に留めるために。否、それも後付の理屈にすぎず、ただ脳裏に逢ったのはこの愛しい人の名前だけだったのだ。 「直江……」 吐息のように、高耶が囁く。 抱きしめていたはずが抱き返されて、そうして、閨は全き真紅の悦びに包まれたのだった。 |