堂々巡りかと思うほど、幾つもの広座敷を抜けたその先に、此処の主はいた。 神々しいオーラを放つ、堂々たる美丈夫の姿で。 想像していたのとは少し違って、高耶は思わず息を呑む。 その反応に、彫像のような端整な表情が微かに緩んだ。 「どうしました?もっとおどろおどろしい姿だと思っていた?」 笑いを含んだ、滑らかに響く豊かな声。 図星を指されてしまったけれど、否定も肯定もできかねて石のように立ちすくむ。 そんな高耶に主は手招きをして、まるで見えない糸に手繰られるよう、ぎくしゃくと近づいた。 手を取られてすとんと座る。 すぐ傍で仰ぎ見る主は、見惚れるほどに美しかった。 「直江と」 主が薄く笑う。 「私のことは直江と呼んでください。あまり畏まられるのは好きじゃないのでね、特にあなたのような人からは」 「?」 「自ら望んで私の許にきてくださったんでしょう?約定を忘れないでいてくれて嬉しいです」 容のいい指が高耶の頬に触れ、撫で下ろし、やがて掌全体で包まれ、仰のけられる。 されるがままに見上げれば、色素の薄い鳶色の瞳。見つめられてくらくらする。 「……助けてくれたのは、直江…さまだから。おかげで誰も飢えずにすみました。本当にありがとうございました」 緊張に乾いた唇を湿してようやく言葉をしぼりだす。 抱き続けていたこの感謝の念だけはどうしても伝えておきたかったのだ。 十年前、止まない雨に疲弊して縋った、村はずれの小さな祠。この身を捧げるから助けてくれと祈る高耶に応えたのが直江だった。 「……届いた声があまりに必死だったのでね。気になってつい出張ってみたんです。 やせっぽっちの小さいあなたでは、腹の足しにもならないと思ったけれど。 たった十年で人はこんなに成長するんですね。待ったかいがあった」 全身を隈なく検分されているようで、知らず顔が赤らんだ。 「……今なら前より食いでがあると思います。約束通り、どうぞ贄としてお収めください」 覚悟を決めたとばかり、ぎゅっと固く目を瞑る。なのに。 「では遠慮なく」 声と一緒に降ってきたのは肉を裂く痛みでも衝撃でもなく、柔らかな口づけと抱擁だった。 「っ!」 唇と唇とが触れる距離、からかう響きで直江が言う。 「……まるごと食べられるのだと思っていた?確かにあなたの身は私が貰いうけるのだけど、食したいのは肉じゃない。 まずは下拵えをしないとね。辛い思いはないはずだから、力を抜いて、カラダの声に素直になるといい……」 そうして、水をつかさどる蛇神の、長い食餌は始まった。 「まさしく甘露。思ったとおりだ……」 掌を伝う白濁を舐めとりながら、うっとりと直江が呟く。 「あなたの白いのは、とんでもなく、あまい……。本当に、どこもかしこもかぐわしくて……どうにかなりそうですよ」 呆けた高耶の耳にその声は届いているのかどうか。 初心な身体が蛇神の手管に敵うはずもなく、たちまちにのぼりつめて最初の精を放った。 が、爛れるような悦楽の余韻は身体の奥に燻ったまま、すぐに次の切迫の波がやってくる。 息が乱れてまともな呼吸すらままならない。 「……はっ……はぁっ……」 溺れかけた獣みたいに夢中で口を開け、息を継ぐ。その間でさえ、直江は愛撫の手を止めようとはしなかった。 執拗に唇を追い、舌を絡めて吸い上げる。呑みきれない唾液が口の端から糸を引いた。 「……っ…やっ!……」 気道を塞がれる苦しさに高耶が首を打ち振り、押しのけようと手を突っ張っても頓着しない。 むしろ弱々しい抵抗を楽しむかのように束の間高耶を休ませては、また愛撫を仕掛ける。その繰り返し。 過ぎる快感は、気力も思考も体力もすり減らす。 いつしか高耶は、直江に縋りついたまま気を飛ばしかけていた。 痴呆めいて潤んだ瞳。半開きの唇。薄汗を滲ませ匂い立つように上気した肌。 食ませていた指を引き抜けば、とろとろと蜜が溢れだす。すでに全身に媚毒が回っているのだ。 「本当に最高のご馳走だ……。一度きりではあまりに惜しい。いっそ私の花嫁になりませんか?高耶さん」 返事などしようがない。喘ぐばかりの高耶に、 「あなたは私のもの。ずっと可愛がってあげる。永遠にね……」 そう宣告して、直江は高耶を貫き、その内部に夥しい蛇精を注ぎ込む。 かぼそい悲鳴が細く長く尾を引いて、やがて途絶えた。 贄として神に捧げられた人の子が、妖しくも新しい生を華開かせた瞬間だった。 |